なぜ『ゼルダ』は初日で、『謎の村雨城』は5年後なのか? ニンテンドースイッチオンライン・ディスクシステム配信の裏側

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任天堂は何も考えずにゲームを配信していない
2018年9月、ニンテンドースイッチオンライン(NSO)がサービスを開始した。その初日、『ゼルダの伝説』や『メトロイド』といった名作がディスクシステムで配信された。だが、同じくディスクシステムの名作である『謎の村雨城』が配信されたのは、それから5年後の2023年10月だ。
なぜこんなに待たされたのか?
答えは単純だ。任天堂は、ディスクシステムのゲームを「適当に」配信しているわけじゃない。すべてのタイトルには明確な役割がある。そして、配信タイミングにも計画がある。
この記事では、NSO配信済みの全17タイトル(SPバージョン含む)を詳しく調べて、任天堂が何を考えているのかを明らかにする。データを見れば、驚くほどよく計算された配信戦略が見えてくる。
配信された17タイトル、そのすべて
まず、事実を確認しよう。以下がNSOで配信されたディスクシステムの全タイトルだ。

NSO配信日 | ファミコンディスクシステム発売日 | タイトル | ジャンル | 主要開発元 | 国内売上 | SPバージョン |
---|---|---|---|---|---|---|
2018年9月19日 | 1986年2月21日 | ゼルダの伝説 | アクションアドベンチャー | 任天堂情報開発本部, SRD | 169万本 | あり:『お金持ちバージョン』 |
2018年9月19日 | 1988年1月21日 | アイスホッケー | スポーツ | 任天堂, パックスソフトニカ | 78万本 | なし |
2018年9月19日 | 1986年10月21日 | プロレス | スポーツ | TRY | 130万本 | なし |
2018年11月14日 | 1986年8月6日 | メトロイド | アクション | 任天堂開発第一部 | 100万本 | あり:『決戦!リドリーバージョン』『サムス・アラン最終形態』 |
2019年1月16日 | 1987年1月14日 | リンクの冒険 | アクションRPG | 任天堂情報開発本部, SRD | 161万本 | あり:『力持ちバージョン』 |
2019年3月13日 | 1986年12月19日 | 光神話 パルテナの鏡 | アクション | 任天堂開発第一部 | 107万本 | あり:『三種の神器バージョン』 |
2019年4月10日 | 1986年6月3日 | スーパーマリオブラザーズ2 | アクション | 任天堂情報開発本部, SRD | 265万本 | なし |
2019年5月15日 | 1988年12月9日 | VS.エキサイトバイク | レース | パックスソフトニカ | 16万本 | なし |
2019年6月12日 | 1986年7月21日 | バレーボール | スポーツ | 任天堂開発第一部, パックスソフトニカ | 198万本 | なし |
2020年12月18日 | 1987年5月31日 | スマッシュピンポン | スポーツ | コナミ | 不明 | なし |
2023年10月31日 | 1986年4月14日 | 謎の村雨城 | アクションアドベンチャー | 任天堂情報開発本部, ヒューマン, SRD | 76万本 | なし |
2024年7月4日 | 1987年9月4日 | ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島 | アドベンチャー | パックスソフトニカ, 任天堂 | 約147万回 | なし |
この表を眺めて、何か気がついただろうか?
2018年9月から2019年6月までの10ヶ月間に、13タイトル(全体の75%)が集中投入されている。 その後は1年の空白があり、2020年12月に1本。さらに3年の空白を経て、2023年、2024年に1本ずつだ。
これは偶然じゃない。任天堂は明確な意図を持って、タイトルを出し分けている。
配信タイトルの役割:3つのカテゴリー

配信されたタイトルを調べると、大きく3つのカテゴリーに分けられる。
カテゴリー1:看板タイトル
サービスの価値を示す最強の武器
『ゼルダの伝説』、『メトロイド』、『リンクの冒険』、『スーパーマリオブラザーズ2』。
これらは説明不要だろう。任天堂の顔だ。これらのタイトルがNSOのサービス開始初期にまとめて出されたのは、当然の計画だ。加入を迷っている人に「こんな名作が遊べるんだ!」と思わせるには、最初に一番良いものを出すしかない。
『ゼルダの伝説』は「アクションアドベンチャー」というジャンルを作り、『メトロイド』は「メトロイドヴァニア」の元祖となった。これらのゲームは、ただの人気作じゃない。任天堂のゲーム作りの考え方の始まりだ。
売上本数を見ても、『スーパーマリオブラザーズ2』は265万本、『ゼルダの伝説』は169万本、『リンクの冒険』は161万本と、ディスクシステムの中でもとても多い。これらを最初に出さない理由がない。
カテゴリー2:対戦スポーツゲーム
Switchの機能とぴったり合う
『アイスホッケー』、『プロレス』、『バレーボール』、『スマッシュピンポン』、『VS.エキサイトバイク』。
スポーツゲームが5タイトルもある。これは多すぎる気がするかもしれないが、理由は明確だ。これらのゲームは、Joy-Conの「おすそわけプレイ」と相性がとても良いのだ。
コントローラーを分け合えば、すぐに友達や家族と対戦できる。シンプルな操作で、誰でもすぐに遊べて、でも奥が深い。これは任天堂が得意とする作り方の考えだ。『アイスホッケー』では「やせた選手」「普通の選手」「太った選手」を使い分ける戦略性がある。『プロレス』は多彩な技を少ないボタンで繰り出せる。
任天堂は、NSOのクラシックゲームを「一人で懐かしむもの」にしたくない。みんなで遊んで楽しむものにしたいのだ。だからスポーツゲームが多い。
カテゴリー3:隠れた名作
任天堂の歴史にいろいろなゲームがあることを示す
『謎の村雨城』、『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』。
この2本は、『ゼルダ』や『メトロイド』ほど有名じゃない。だが、これらは任天堂が大事にしている「もう一つの歴史」だ。
『謎の村雨城』は、『ゼルダの伝説』とほぼ同時期に発売された和風アクションアドベンチャーだ。もし続編が作られていたら、『ゼルダ』とは違う道を歩んだかもしれない。『新・鬼ヶ島』は、ディスクシステムのセーブ機能を活かして前後編の壮大な物語を描いた、コマンド選択式アドベンチャーの名作だ。
これらが2023年、2024年という遅いタイミングで追加されたのは、任天堂が「ヒット作だけじゃなく、挑戦的なゲームも大事にしている」というメッセージを伝えているからだ。NSOのライブラリは、単なる人気ゲーム集じゃない。任天堂の開発の歴史を伝える記録なのだ。
配信に隠された3つの法則
ここからが本題だ。単純な分類だけでなく、もっと深いパターンが見えてくる。
法則1:SPバージョンは「もう一度遊ばせる」ための工夫

『ゼルダの伝説』、『メトロイド』、『リンクの冒険』、『光神話 パルテナの鏡』には、すべて「SPバージョン」がある。
これを「初心者向けの簡単モード」だと思ってしまうと大切なことを見落としてしまうだろう。

『ゼルダの伝説 お金持ちバージョン』は、最初からルピーとアイテムを大量に持っている。『メトロイド サムス・アラン最終形態』は、最強の状態でスタートする。『リンクの冒険 力持ちバージョン』は、全パラメータがMAXだ。
これは何を意味するのか?
「クリアした人が、もう一度違う遊び方をするためのモード」だ。
アイテム集めやレベル上げに時間を使わず、自由に探検を楽しんだり、別ルートを試したり、タイムアタックに挑戦したりできる。一度クリアしたゲームに「もしも最初から強かったら?」という体験を提供している。これは「ニューゲーム+」に近い考え方だ。
定期利用サービスでは、ユーザーに続けてもらうことが重要だ。だから、過去のゲームに新しい楽しみ方を加えて、「また遊びたい」と思わせる。SPバージョンは、その計画の中心だ。
法則2:パックスソフトニカという隠れた重要な存在
配信リストを「作った会社」で見ると、面白いことがわかる。

任天堂の社内チームが作ったゲームと並んで、「パックスソフトニカ」という会社が関わったゲームが4本もある。
『バレーボール』、『VS.エキサイトバイク』、『新・鬼ヶ島』、そして共同開発の『アイスホッケー』だ。
パックスソフトニカは、1980年代から2000年代初頭まで、任天堂と深く一緒に仕事をしていた開発会社だ。あの『MOTHER』の開発にも関わっている。任天堂の黄金期を陰で支えた存在だ。
これは偶然なのか? いや、違う。
任天堂は、自社の歴史を語る時、宮本茂や横井軍平といった有名なゲームクリエイターだけでなく、共に歩んだパートナー企業の功績も残そうとしているのだ。NSOのファミコンディスクシステムライブラリは、任天堂とパックスソフトニカの協力の歴史を伝える「記録」でもある。
さらに、コナミが開発した『スマッシュピンポン』も配信されている。これは、他社との協力の歴史も大切にしているという証だ。
法則3:配信タイミングは新作ゲームとつながっている
2019年以降、ファミコンディスクシステムタイトルの追加はかなり少ない。だが、そのタイミングにははっきりとした目的がある。

ケース1:『謎の村雨城』(2023年10月31日)
2023年は『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』の年だ。このゲームでは、カカリコ村やイーガ団といった和風要素が重要な役割を果たしている。
そのタイミングで、純和風アクションアドベンチャーの『謎の村雨城』を配信した。これは、『ティアキン』で高まった「和風ファンタジーへの関心」を、クラシックタイトルに結びつける目的があったのだ。
ケース2:『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』(2024年7月4日)
Nintendo Switchで『ファミコン探偵倶楽部』のリメイクが成功し、コマンド選択式アドベンチャーへの関心が高まっていた。そのタイミングで、同じジャンルの名作『新・鬼ヶ島』を追加した。
これは、アドベンチャーゲームファンを喜ばせると同時に、「任天堂はこのジャンルでもたくさんの歴史を持っている」と示すための配信だ。
つまり、NSOのファミコンディスクシステムライブラリは、過去のゲームの保存場所じゃない。新作ゲームの宣伝を助け、特定ジャンルへの関心を計画的に高めるための「今も使われている宣伝の手段」なのだ。
今後、何が配信されるのか?
これまでの法則から、今後配信される可能性の高いタイトルを予想できる。

予想1:コナミ開発のタイトル
法則2(協力関係)の観点から、すでにコナミ開発の『スマッシュピンポン』が配信されている。ならば、同じくコナミが作った『愛戦士ニコル』や『エスパードリーム』も配信される可能性がある。
予想2:『ファミコン探偵倶楽部』のファミコンディスクシステム版
法則3(新作との連動)の観点から、これは最も可能性が高い。『消えた後継者』と『うしろに立つ少女』。そして『ふぁみこんむかし話 遊遊記 前後編』『タイムツイスト 歴史のかたすみで…』のファミコンディスクシステム版は、Switchリメイクの成功と『新・鬼ヶ島』の追加という流れから、配信される可能性がとても高い。
予想3:ディスクシステム専用の珍しいタイトル
カテゴリー3(記録保存)の観点から、書き換えサービスでもらえた『帰ってきたマリオブラザーズ』、特殊なコントローラーを使った『ファミコングランプリ』シリーズなども配信される可能性がある。
結論:任天堂は過去を「武器」にしている
NSOのディスクシステムライブラリは、ただの懐かしいゲーム集じゃない。
それは、サービス初期の価値を示し、ユーザーに続けてもらい、自社の歴史を伝え、新作ゲームを助ける、いろいろな役割を持つ仕組みだ。
任天堂は、30年以上前のゲームを、驚くほど今の考え方で活用している。『ゼルダ』は最初に配信し、『謎の村雨城』は『ティアキン』の年まで取っておいた。これは計算されていないわけがない。
任天堂が長年、エンターテインメント業界のトップであり続ける理由の一つが、ここにある。過去を大事にするだけじゃない。過去を「武器」にしているのだ。
よくある質問
Q: なぜ『謎の村雨城』の配信は5年後だったのですか?
A: 2023年は『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』発売年で、和風ファンタジー要素への関心が高まっていました。純和風アクションアドベンチャーの『謎の村雨城』をこのタイミングで配信することで、新作ゲームの宣伝と結びつける計画があったと考えられます。
Q: SPバージョンとは何ですか?
A: SPバージョンは、『ゼルダの伝説』『メトロイド』『リンクの冒険』『光神話 パルテナの鏡』に用意された特別モードです。最初から強力な装備やパラメータを持った状態でゲームを開始でき、クリア済みユーザーが別の遊び方を楽しめるよう設計されています。定期利用サービスでユーザーに続けてもらうための工夫と考えられます。
Q: 今後どのディスクシステムタイトルが配信される可能性がありますか?
A: 可能性が高いのは『ファミコン探偵倶楽部』のディスクシステム版、そして『ふぁみこんむかし話 遊遊記 前後編』『タイムツイスト 歴史のかたすみで…』です。Switchリメイクの成功と『新・鬼ヶ島』追加の流れから、新作と連動させる法則に合っています。他にコナミ開発の『愛戦士ニコル』『エスパードリーム』なども候補です。